経歴のスタート地点
製造業の情報システム部門に新卒で入り、気づけば8年が経った。社内のネットワーク・サーバー運用、業務システムの保守、ベンダーとの調整、そしてここ3年は基幹系のクラウド移行プロジェクトに技術リードとして関わってきた。
情シスの仕事は地味だ。社員からは「PCが繋がりません」「メールが届きません」が日常的に飛んでくる。けれど、会社のITインフラを支えているという誇りは持っていた。クラウド移行プロジェクトでは、AWSの設計、データセンターからのリフト&シフト、運用切り替えまでをやり遂げた。技術的な達成感は確かにあった。社内表彰も受けた。
最初のつまずき
転機の前兆は、経営層への報告会だった。役員から「で、このクラウド移行は会社の競争力をどう変えるの?」と問われたとき、私はうまく答えられなかった。「コストが◯%下がります」「運用工数が◯時間削減できます」——準備していた数字は出せた。けれど、それは「ITコストの最適化」の話であって、「ビジネスの変革」の話ではなかった。
役員は静かに「DXってそういうことじゃないよね」と言った。その言葉が深く突き刺さった。私はインフラを動かしているけれど、インフラがビジネスをどう動かすかを語れなかった。情シスの言語と、経営の言語の間に、深い溝があった。会議室を出てから、トイレで自分の説明資料を読み返し、確かにそこには「ビジネス」という言葉が一度も登場していないことに気づいた。
転機
転機は、社長直轄でDX推進室が立ち上がるという話を聞いたときだった。立ち上げメンバーを社内公募していた。応募するか迷ったが、CIOから「IT部門の中だけで30代後半まで過ごすと、もう経営側には行けなくなる。今が分岐点だ」と言われ、応募を決めた。
DX推進室では、ITだけでなく現場部門・経営企画・人事まで巻き込んだ全社プロジェクトを担当することになる。インフラの専門性だけでは戦えない。経営の言葉を話せて、かつ技術の現実を語れる人材——その狭間に立つことが、求められた役割だった。
いま振り返る選書
DX推進リーダーへの転身に向けて、計画的に本を読み込んだ。
- 『DX実行戦略』:DXを「IT施策の集合」ではなく「事業モデル変革」として再定義してくれた。情シス目線から経営目線へ、視座を上げてくれた一冊。
- 『DXの教科書』:日本企業特有の課題(レガシー、稟議文化、部門横断の難しさ)を踏まえた具体論が刺さった。製造業の事例も多く、自社に置き換えやすかった。
- 『アフターデジタル』:デジタルが日常になった世界で、顧客接点がどう変わるかを学べた。製造業がどこを目指すべきかの羅針盤になった。
- 『DX経営図鑑』:他社事例を構造的に俯瞰できる。役員説明資料を作るとき、何度も参照した。事例の見せ方そのものが学びになった。
- 『アジャイルの教科書』:DX推進室では小さく試して学ぶ動き方が必要。ウォーターフォール思考の自分を矯正してくれた。
- 『AIビジネス活用』:技術の理解で止まらず、それをどう価値に変えるかの視点を学んだ。
- 『料理人の経営』:組織変革の本質を学べた。DXは結局、組織を動かす仕事だと痛感する一冊。
現場での実践
読書と並行して、社内のキーパーソン(製造現場の課長、営業企画、人事)と1on1を重ねた。情シス時代は「依頼を受けて応える」関係だったが、DX推進では「一緒に課題を再定義する」関係を作る必要があった。最初の3ヶ月は、何も成果を出さずひたすら聞いて回った。それが後の全社ロードマップの土台になった。
特に効いたのは、現場の課長クラスとの対話で「業務をデジタル化したい」という言葉の裏にある「実は人事評価制度を変えたい」「組織の縦割りを崩したい」という本音を引き出す訓練だった。情シス出身の自分が「翻訳者」として機能し始めた瞬間だった。
DX推進室の最初の半年で学んだもう一つの大事なことは、「成果を急がない」という規律だった。情シス時代は「リクエストへの応答スピード」が評価軸だったが、DX推進では「正しい問いを立てる時間に投資する」ことが何よりも価値ある活動だった。考え方の根本的な違いに、最初は戸惑いの連続だった。
これから挑む人へ
情シス出身でDX推進に進む方に伝えたいのは、技術の知識は強みだが、それを「経営の言語」に翻訳できなければ武器にならないということ。クラウド移行を「コスト削減」と語るのか「事業俊敏性の獲得」と語るのか——同じ事実でも、語り方一つで経営層の反応は変わる。
情シスで現場を知っている強みは、コンサル出身のDXリーダーには絶対に真似できない。その強みを最大化するのは、経営の言葉を学ぶ努力だけだ。8年積み上げた現場感は、決して消えない財産になる。