経歴のスタート地点
SIer系企業に新卒で入社し、インフラエンジニアとして9年目を迎えた。最初に配属されたのは金融系顧客のオンプレ基盤チームで、サーバーのラッキング、OSインストール、VMware vSphereでの仮想化基盤設計と、ハードに近い領域からキャリアを積んできた。
VMwareの設計には自信がある。vSAN、NSX、SRMまで一通り触れて、複数の大規模案件でリードを任された。けれど社内で「次のプロジェクトはAWSの構築だから」と言われた瞬間、自分の市場価値が音を立てて崩れる感覚があった。9年間積み上げてきた知識が、突然「過去の遺産」に分類されたような気分だった。
最初のつまずき
最初にAWSコンソールを開いたとき、戸惑った。VPC、サブネット、セキュリティグループ、ルートテーブル——名前は知っているが、オンプレで言うところの「何」に相当するのかが瞬時に出てこない。
オンプレでは、ネットワークもストレージも全部「自分で物理的に握っている」感覚があった。AWSは違う。マネージドサービスの境界を理解し、責任共有モデルを意識し、API経由で全てをコードで宣言する世界。同じインフラでも、設計の作法が根本から違っていた。
そして決定的に弱かったのが、コンテナとKubernetesだった。「Dockerは聞いたことある」程度のレベルで、本番運用なんて見たこともない。30代前半で、自分の知識の前提が時代遅れになっていく恐怖を初めて味わった。社内勉強会で20代の若手が当然のようにkubectlを叩いているのを見て、自分の遅れを痛感した。
転機となった出来事
転機は、社内で立ち上がったハイブリッドクラウド移行プロジェクトに、技術リードとしてアサインされたことだった。「オンプレを9年やってきたあなたなら、両方の世界を翻訳できるはず」というオファーだった。
正直、最初は「クラウドを知らない自分が務まるのか」と尻込みした。けれど、プロジェクトを進めるうちに気づいた。クラウド側の設計者は、オンプレの細かい運用要件を知らない。一方、オンプレ側のチームはクラウドの設計思想を理解していない。両方の文脈を翻訳できる人材は希少だったのだ。それは、9年のオンプレ経験を持つ自分の独自ポジションになり得た。VMwareでvMotionの仕組みを理解している自分には、AWS LiveMigrationやEC2の可用性ゾーン設計が、ある日急に「同じ問題の別解」として見え始めた。
いま振り返る選書
クラウドアーキテクトを目指して、計画的に本を読み込んだ。
- 『SREの探求』:信頼性をどう設計するかの思想を学べた。VMwareでの可用性設計の経験と接続して読めた。冗長化と障害分離の本質はオンプレもクラウドも変わらないと再確認できた。
- 『オブザーバビリティ・エンジニアリング』:オンプレでは監視ツールを入れて終わりだったが、クラウドでは観測可能性そのものを設計する必要があると気づかされた。トレース・メトリクス・ログの三本柱の思想に痺れた。
- 『新しいLinuxの教科書』:恥ずかしながら、Linuxの基礎を体系的に学び直した。クラウドはLinuxの上に成り立っていることを再認識した。
- 『実践Terraform』:IaCの作法を実コードで叩き込んだ。VMware時代のクリックオプス世界と完全に決別できた一冊。
- 『Kubernetes 完全ガイド』:分厚いが、写経しながら3ヶ月かけて読んだ。コンテナオーケストレーションの世界観が初めて腹落ちした。
- 『AWSではじめるネットワーク&サーバー構築』:オンプレの言葉でAWSを翻訳してくれる、自分のような移行組には最適な一冊。
現場での実践
読書だけでは身につかないと思い、AWS SAAを取得してから業務でEKSクラスタの設計を担当した。Terraformで全リソースをコード化し、CI/CDパイプラインで構築フローを自動化した。VMware時代の「設計書を作って手で構築」という世界とは別物だった。
特に発見だったのは、オンプレ時代に培ったキャパシティプランニングの感覚が、クラウドのコスト設計にそのまま活きたことだ。「過剰スペックでムダ金を払わない」という製造業的な感覚は、若手のクラウドネイティブ世代が持っていない強みだった。
これから挑む人へ
30代でオンプレからクラウドへ越境するのは、確かに怖い。でもオンプレの泥臭い運用を知っているからこそ、クラウドネイティブの「便利さ」の意味が深く理解できる。
ゼロからクラウドネイティブを学んだ若手とは、見える景色が違う。その違いは、ハイブリッドクラウドの設計現場で確実に武器になる。今までのキャリアを否定する必要はない。積み上げてきたものの「上に」新しい知識を積めばいい。9年は決して長すぎない。

