経歴のスタート地点
林健さん(35)は、新卒で大手SIerに入り、5年目に外資系コンサルティングファームに転職した。ファームでの肩書きはPMO――大規模IT導入プロジェクトの進捗・課題・リスクを束ね、ステアリングコミッティを運営する役割だ。
ERP刷新、銀行の勘定系移行、製造業の販売管理刷新――林さんは規模数十億円のプロジェクトを5年で5件回した。「議事録、課題管理表、進捗ダッシュボード、ステコミ資料。これらを完璧に仕上げる職人芸は、誰にも負けないつもりです」。実際、彼が入ったプロジェクトは納期超過率が極めて低く、社内では「火消し林」と呼ばれていた。
しかし、35歳を目前にして彼の中に違和感が生まれていた。「自分はプロジェクトを回しているけれど、戦略を描いてはいない」。
最初のつまずき
きっかけは社内のプロモーション面談だった。マネージャー昇格にあたり、「クライアント経営層への戦略提言の主導経験」が問われたのだ。林さんはPMOとして提案資料を支援した経験は豊富だが、ゼロから論点を立て、構造化し、提言までを主導した経験は皆無に近かった。
面談後、彼は本棚にあった戦略関連書を開き直した。「3C、5フォース、SWOT、バリューチェーン――名前は知っている。でも、目の前のクライアントの状況にどう適用するかと聞かれると、急に手が止まる」。フレームワークを“知っている”ことと“使える”ことの間にある深い溝に気づいた。
もう一つの壁は、経営戦略の知識が断片的だったことだ。学生時代に読んだポーターの本、雑誌で読んだブルー・オーシャン、研修で覚えたMECE――それらが互いに繋がらず、点のままだった。「クライアントから経営課題を聞いた瞬間に、どの引き出しを開けるべきか即座に判断できない」。彼は構造的な学び直しを決意した。
転機 — 戦略提言の最前線へ
林さんは半年間、戦略書を体系的に読み込む計画を立てた。最初に手を取ったのは『経営戦略全史』。戦略論の系譜を時代順に追うことで、フレームワーク同士の関係性が初めて見えてきた。「ポーターの限界をミンツバーグが、ミンツバーグの限界をブランデンバーガーが補ったというストーリーがわかると、どのフレームをどの場面で使うべきかが見えてくる」。
次に彼を変えたのは『ストーリーとしての競争戦略』だ。フレームワークを並べるだけでなく、それらを“一貫したストーリー”として組み立てる重要性を学んだ。「クライアントへの提言は、論理だけではなく物語として語らなければ動かない」。
そして決定打となったのは『イシューからはじめよ』。論点設定の質が、その後の分析・提言の質をすべて決めるという原則を、林さんはPMO業務にも当てはめて再解釈した。「自分が今までやってきた課題管理は『issue management』ではなく『task tracking』だった」と痛感したという。
半年後、彼は中堅製造業のDX戦略策定プロジェクトに、戦略アナリストとして抜擢された。クライアントCFOとの議論をリードし、3ヶ月後には経営会議で提言が採択された。
いま振り返る選書
林さんがマネージャー昇格までに繰り返し読んだのは次の5冊。
- 『経営戦略全史』: 戦略論を時系列で俯瞰できた地図。フレームの位置関係がわかった。
- 『ストーリーとしての競争戦略』: 戦略を“ストーリー”として描く視座を得た。
- 『企業参謀』: 古典中の古典。論理思考の型が現代でも通用することを思い知った。
- 『戦略プロフェッショナル』: 実務でのケース転用を学んだ一冊。
- 『イシューからはじめよ』: 論点設定の重要性を骨身に染み込ませた決定打。
「フレームワークを30個覚えるより、5冊を10回読む方が、提言の質は上がる」と彼は断言する。
これから挑む人へ
PMOから上流コンサルへの転身を志す人に、林さんはこう語る。「PMOで磨いた構造化能力と、関係者を動かすファシリテーション力は、戦略コンサルタントになっても必ず武器になる。捨てる必要はない」。
アドバイスは3つ。第一に、フレームワークを“知る”から“使える”に上げるには、実際のクライアント案件で1つのフレームを徹底的に使い倒す経験が必要だということ。第二に、戦略書は時系列・体系で読むこと。点ではなく線で理解しないと、現場で引き出せない。第三に、論点設定の力こそ最大の差別化要因であること。
「次の5年で、自分の名前で指名されるパートナーになる」。彼の軌跡はこれからが本番だ。
彼の挑戦は、PMOという地味な職能が戦略職への確かな登竜門になり得ることを身をもって証明している貴重な事例である。論理と現場感覚を両輪で磨き続けた者だけが、戦略の最前線に立つことができる――林さんの背中はそう語っている。
